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めぐりあいに思うこと
この年齢(とし)になって色々思うことがある。
その中でも有難く、そして不思議なのが人との 《 めぐり会い 》 である。
畳職人になって21年。
今まで沢山の人とめぐり会い、沢山の恩人にお世話になってきた。
そのおかげで今の自分があるし、これからの自分があると思う。
今年9月に我が家に思いがけない電話があった。
毎年、神奈川で行なわれている技能講習会での講師の先生からだった。
私は夜なべで家にはおらず、帰るとカミさんが 『 神奈川の細川畳店さんの親方から連絡がほしいと電話があったよ 』 との事。
どうしたんだろうと次の日、連絡をしてみたところ、この9月で畳店を辞めるとのことだった。
その際、自分が今まで大事に使ってきた機械(ミシン)や道具の一部を 私に使わないかとの事だったのだ。
突然の事にビックリ。
親方から 『 自分が今まで大事にしていた物だから、この先も大事に使ってくれる人に貰ってもらいたい。 だから米井君に電話をした 』 というのだ。
畳職人として長年やってきて自分の思いがこもった大事な道具。
何よりも私が驚いたのは 親方と出会ってまだたった5年目。
技能グランプリで優勝した後、その時の審査員である相模原市の板垣畳店の親方から声を掛けて頂き、( 板垣先生との出会いも私が グランプリ最後の挑戦の時の審査員の先生で、もし島根県大会でグランプリを取っていたら板垣先生とも知り合えては無かったと思う ) 青年部の技能講習会に参加するようになり、そこで細川先生に初めてお会いしたのである。
その時、細川先生から 『よく千葉からこんな遠い所まで来たね。頑張りなさい。』 と声を掛けていただいたのを覚えている。
相模原で沢山の職人さんがいて、私なんかより遥かに長いお付き合いをしている方が多いはずが、ぽっとでの私に声を掛けてくれた事への驚きと感謝。
現に数人の方に道具を譲って欲しいと言われたらしいが、それを断って電話をくれたのだ。
親方とは色々お話をして電話を切った。
そしてカミさんに電話の内容を話しているうち、なぜか急に涙が出て止まらなくなった。
今まで畳職人として頑張ってきた親方の想い、たった数年の付き合いしかしていない私に電話をくれたことへの感謝、色々な事が込み上げてしまった。
10月になり細川先生の住む神奈川へカミさんと二人、お礼方々挨拶に伺った。
譲り受けたミシンや道具はもちろん大事に使用させて頂いている。

譲り受けた道具の一部
実はこうした事は初めてではない。
以前も親父(親方)が親しくしていた畳屋さんが辞めるにあたり、我が家に自分の使っていた道具を持ってきてくれた事がある。
私と弟はまだ若いし、仕事もきちんとしている、だから自分の大事な道具を使ってほしい との事だった。
そんなこんな私は非常に人に恵まれている。
沢山の人に支えられ今の私がいる。
仲間にしても 恩師にしても そしてお客様にも。
茨城の畳の訓練校に見学に行った時、校長が書いた言葉がすごく良くて額縁を作り店に飾った。

本気
本気ですれば大抵のことができる
本気ですれば何でもおもしろい
本気でしていると誰かが助けてくれる
たった一言が人の心を傷つける
たった一言が人の心を暖める
言葉を代えて言うのであれば、情けは人の為ならず・・・。
人に対して行なったことは、自分に対しての事に繋がるのだ。
あるお客様に言われた事がある。
体裁や肩書きなどではなく、最終的には 《 人 》 なのだと。
どんなに立派なHPを作っていたとしても、会って話をしてみて仕事を頼むとは限らない。 結局、その人を信頼して頼むのだからと。
2005年技能グランプリ後、自分の経験から感じた事を言葉にしてみた。
最初に額を作り飾ってみたのがこの言葉。
道
この道は険しく難しい道、また楽しく嬉しい道。
始まりは早いほうが良く、鍛錬は怠る事を嫌い、熟成は常に続く。
針を置くまで求めることは多く、これで良いという答えはない。
沢山のめぐり会いに感謝し、これからもこの素晴らしい道を進んで行きたいと思う。
2010年 11月 米井畳店 米井 仁
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| 加入組織 |
| 全日本畳事業組合 |
| 千葉県畳業組合 |
| 千葉県技能士会 |
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| 保有資格 |
| 畳製作一級技能士 |
| 職業訓練指導員 |
| 品質管理責任者 |
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バックナンバー
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