2003年7月  田中畳店 (東京、小岩) 米井畳店のルーツ
今回は私が畳屋になった事に深く関係のある話です。
私の親方でもある父は、中学を卒業と同時に東京の江戸川区、小岩にある田中畳店という畳店に奉公に行きました。

当時は高度成長の時代真っ只中で1番若い弟子と言うこともあり、親方や沢山の兄弟子など大変な毎日を送ったそうです。

今と違い、機械など無く毎日が手作業で朝から夕方までお客さんの家で台を広げ、仕事が終わると自転車でリヤカーを引いて道具を積み帰って来る。
私には想像もつかない厳しい修行時代です。
道具


私は今まで父の親方の話は良く聞いていました。
仕事に厳しい親方で名人と言われ、仕事が気に入らないと、いきなり後ろから叩かれる。
そんな厳しい昔気質の職人だったそうです。

今では父の親方も亡くなり盆の時期になると親方の家に線香をあげに毎年行っています。
今現在の親方も70を越え4年前に畳屋をやめ田中畳店は針を置きました。

その親方の奥様が今年お亡くなりになり7月の新盆を控えた日にうちで畳替えに行く事にしたのです。

初めて行く親父の親方の家、市川橋を渡ってすぐ右に入った所にあり、駅からもすぐという所でした。

今では畳の道具など無く車庫に残る畳屋の文字だけがありました。
入ってあいさつを済ませ線香を上げる仏壇の上に、にっこり笑っているおじいさんの写真があり、この人が親父の親方なのかと聞いてみるとそのおじいさんは親方のお父さんで自分の親方はこっちと後ろを見ます。
振り返り見てみると本当に怖そうな顔をした親方の写真とやさしそうな女将さんの写真が並んでいました。
話に聞く通り怖そうな顔に少し笑ってしまいましたが、線香をあげ仏壇に手を合わせ今の親方の奥様のご冥福を祈りながら今の自分があるのも、この田中畳店の親方たちのおかげなんだなーと思い、こうして畳替えに来れた事を嬉しく思ったのでした。